
臨床と基礎をつなぐ「双方向性研究」
双方向性の研究とは、単に基礎研究成果を臨床にフィードバックするのではありません。臨床から基礎へ、基礎から臨床へと双方向性のベクトルをもつ研究です。例えば、正確な診断および適切な治療を受けた患者さんのサンプルを使用し、基礎的な手法を用いてスクリーニングを行い疾患関連分子を同定します。同定された標的分子を対象として基礎解析を行いその機能を明らかにします。そして他大学や企業などとの学学連携、産学連携のもとで診断薬の開発や創薬を行ない、成果を臨床へとフィードバックする研究です。

現在行っている研究

仲哲治教授は、サイトカインシグナル伝達の主要な経路であるJAK-STATシグナル伝達経路を抑制する分子としてSOCS-1(Suppressor Of Cytokine Signaling)を世界で初めてクローニングしました(Naka, et al., Nature. 1997)。その後、SOCS-1 KOマウスの作製により、SOCS-1がin vivoにおいてもJAK-STATシグナル伝達経路を抑制する分子であり、SOCS-1の欠損によりJAK-STATシグナル伝達が恒常的に活性化されて、多臓器にわたり炎症が惹起され、3週間以内にマウスが死亡することを明らかにしました(Naka, et al., Immunity. 2001)。また、ヒトのがんにおけるSOCS-1の発現異常(Komazaki, Naka et al., Jpn J Clin Oncol. 2004)や遺伝子異常、さらにSOCS-1 HE KOマウスは自己免疫疾患を発症することなども明らかにし(Fujimoto, Naka, et al., Int Immunol. 2004) 、SOCS-1と炎症・がんとの関連を明らかにしました。
JAK-STATシグナル伝達経路(主にSTAT3)の恒常的活性化が癌細胞の生存や増殖に深く関わりますので、STAT3の活性化を制御するSOCS-1/SOCS-3に注目し、アデノウイルスベクターを用いたSOCS遺伝子治療法の開発に着手しました。これまでに、非増殖型アデノウィルスベクターにSOCS-3遺伝子を組み込み、悪性胸膜中皮腫の担癌モデルマウスに投与し、高い抗腫瘍活性を持つことを確認済みです(Iwahori, Searda, Naka, et al., Int J Cancer. 2011)。今後、難治性癌の1つである胸膜胸膜中皮腫を対象に医師主導型治験をがんセンター東病院で行うべく研究を進めています。将来的には、肺癌(Shimada, Serada, Naka, et al., Cancer Sci. 2013)、胃癌(Souma, Serada, Naka, et al., Int J Cancer. 2012, Natatsuka, Serada, Naka, et al., Br J Cancer. 2015)、食道癌(Sugase, Serada, Naka, et al., Int J Cancer. 2017, Sugase, Serada, Naka, et al., Cancer Res. 2017)、肝臓癌、皮膚癌(Tagami-Nagata, Serada, Naka, et al., Exp Dermatol. 2015) 、口腔扁平上皮癌(Nakatani, Serada, Naka, et al., Journal of Oral Pathology and Medicine. 2022) 、頭頚部腫瘍(Kajiyama, Serada, Naka, et al., Anticancer Res. 2022) などの難治性癌も視野に入れた開発を行う予定です。


私達は難治性癌に対する創薬標的分子の探索を目的として、定量的プロテオミクス手法を用いて、食道癌に高発現する細胞膜タンパク質の発現解析を行いました。その結果、食道癌に有意に高く発現する細胞膜蛋白質としてGlypican-1(GPC1)を同定し、GPC1の高発現が食道癌や膵臓癌の予後不良因子となることを示しました(Hara, Serada, Naka, et al., Br J Cancer. 2016, Nishigaki, Serada, Naka, et al., Br J Cancer. 2020)。GPC1は、FGF-2、HGF、HB-EGFなどのヘパリン結合性増殖因子の共役受容体として機能し、癌の増殖や転移を促進することが報告されています。そこで、私達はGPC1が難治性癌に対する治療標的になり得るのではないかと考え、抗体医薬の開発を着手しました。
近年、モノクローナル抗体を利用して抗癌剤を癌細胞に特異的に送達する技術として抗体薬物複合体(Antibody-drug conjugate: ADC)が注目されています。ADCはモノクローナル抗体にリンカーを介して抗癌剤を結合させたものです。正常組織に発現しておらず癌組織に発現を示す抗原に対するモノクローナル抗体をADC化し、癌患者に投与すると、癌抗原を発現する癌組織特異的に抗癌剤を輸送することが出来ます。そのため、ADCを用いることで、癌に対する抗癌剤の薬効を保持しつつ、正常組織に対する抗癌剤の毒性を軽減させることが可能となります。私達はADCの標的分子としてGPC1が有用性を示すのではないかと考え、抗GPC1モノクローナル抗体を作成しました。数多くのクローンをスクリーニングした結果、細胞内侵入活性が高く、ADCとしての使用に適したマウス抗GPC1モノクローナル抗体を創出することに成功しました (Matsuzaki, Naka, et al., Int J Cancer. 2017, Nishigaki, Serada, Naka, et al., Br J Cancer. 2020, Yokota, Serada, Naka, et al., Mol Cancer Ther. 2021)。
膵臓癌は間質が多く、間質のバリアによって癌細胞への抗癌剤の送達が妨害されることが膵臓癌における化学療法に抵抗性を示す原因の1つとして考えられています。そのため、膵臓癌のように間質が豊富な難治性癌においては、間質のバリアを克服するような治療戦略が必要です。興味深いことに、私達はGPC1が膵臓癌組織において癌細胞だけでなく、癌関連線維芽細胞(cancer associated fibroblast:CAF)にも高発現し、非癌部位の線維芽細胞では発現しないことを見出しました(Tsujii, Serada, Naka, et al., Mol Cancer Ther. 2021)。そこで、私達は細胞膜透過性を有し、バイスタンダー効果を有するペイロードであるMonomethyl auristatin E (MMAE)を抗GPC1抗体にコンジュゲートしたGPC1-ADCを作成しました。そして、膵臓癌患者由来腫瘍組織を超免疫不全マウスに移植して作成した膵臓癌PDX(patient-derived tumor xenograft)マウスを用いて、GPC1-ADCの作用機序を解析しました。GPC1-ADCはGPC1陽性のCAFに取り込まれますと、CAF内部でリンカーが切断され、MMAEが生じます。このMMAEが薬物排出トランスポーターであるMDR1を介してCAFの外に排出され、CAF周囲の膵臓癌細胞に対して抗腫瘍効果を発揮するという、非常にユニークな作用機序をGPC1-ADCが有することを証明しました(Tsujii, Serada, Naka, et al., Mol Cancer Ther. 2021)。GPC1-ADCはGPC1陽性癌細胞に対する直接的な抗腫瘍効果のみならず、間質が豊富な癌においてはGPC1陽性のCAFにGPC1-ADCが取り込まれ、CAFから遊離した抗癌剤がCAF周囲の癌細胞を殺傷するという間接的な抗腫瘍効果も有します。このため、GPC1を標的としたADCは間質が豊富な難治性癌である膵臓癌などに対して画期的な治療薬になり得る可能性が示唆されました。これまでに抗GPC1モノクローナル抗体のヒト化、ADC化を完了し、ヒト化GPC1-ADCが膵臓癌、食道癌、神経膠腫などの担癌マウスに対して高い抗腫瘍効果を示すことも報告しました(Munekage, Serada, Naka, et al., Neoplasia, 2021, Uchida, Serada, Naka, et al., Neoplasia. 2024)。現在、GPC1-ADCによるGPC1陽性癌に対する臓器横断的な癌治療法の開発が進行中です。

私達は定量的プロテオミクス手法を用いて卵巣癌細胞における細胞膜タンパク質の網羅的発現解析を行い、卵巣癌の創薬標的分子を探索しました。その結果、卵巣癌細胞に高発現を示す分子としてlipolysis-stimulated lipoprotein receptor (LSR) を同定し、LSRの高発現が卵巣癌、胃癌、子宮体癌の予後不良因子であることを発見しました(Hiramatsu, et al., Cancer Res. 2018, Sugase, et al., Oncotarget. 2018, Nagase, et al., BMC Cancer. 2022)。LSRは卵巣癌のリンパ節や大網などの転移先の癌細胞にも発現していますので、癌の転移や腹膜播種などにも関与している可能性があります。
正常細胞において、LSRは脂質の細胞内取り込みや細胞接着分子として機能することが報告されていますが、癌細胞におけるLSRの機能はまだ完全には明らかにされていません。そこで、私達はLSRの機能を阻害する抗LSRモノクローナル抗体を独自に開発しました。ヒト卵巣癌細胞株および卵巣癌患者由来腫瘍組織を移植した担癌マウスに対して抗LSR抗体の抗腫瘍効果の検討を行いました。その結果、抗LSR抗体が発揮する抗腫瘍効果の作用機序の1つとして、癌細胞内への脂質取り込み阻害活性が存在することを証明しました。この他にも、私達はLSRが新規免疫チェックポイント分子として機能することや(Funauchi, et al., Int J Cancer. 2024)、LSRがADCの標的分子として有用性を示すことも明らかにしました(Kanda, et al., Neoplasia. 2023)。
私達はLSR陽性癌の増殖・生存・腹膜播種などにおけるLSRの機能解析と並行して、抗LSR抗体による抗腫瘍効果の作用機序を明らかにし、LSR陽性難治性癌に対する新規抗体医薬の実用化を目指した研究を行っています。
私達のグループでは、複数アカデミア(岩手医科大学、慶應義塾大学、高知大学、医薬基盤・健康・栄養研究所)と複数企業(田辺三菱製薬、小野薬品工業、第一三共製薬)と協力して連携体制を組み、免疫炎症性難病を対象に創薬を目標とするマルチオミクス研究を2018年より実施してきました。この研究体制は、仲哲治教授が慶應義塾大学リウマチ内科の竹内勉教授(当時)と協力して独自に構築したものです。各大学の附属病院では約5年の歳月をかけて、正確な診断と適切な治療を受けている免疫炎症性難病患者さんの貴重な検体を治療前後で収集し、フローサイトメトリーによる免疫細胞のフェノタイピング、免疫細胞のトランスクリプトーム解析、血清のプロテオミクス解析によって詳細かつ網羅的なデータ取得を行いました。得られたデータは医薬基盤・健康・栄養研究所において臨床情報とともにデータベース化されています。現在、製薬各社およびアカデミアは、このデータベースを分析してシーズ探索を行い、独自の基礎・応用研究に取り組みながら免疫炎症性難病の病態解明や創薬を目指しています。このような多施設共同の枠組みは、従来型のアカデミアと企業との一対一の共同研究の弱点克服を目指して、難病患者さんの貴重な検体とそのオミクスデータを参加施設内の共有財産とするものです。希少難病研究の効率化と活性化をはかったユニークかつ新たな試みであり、難病創薬につながる成果が期待されます。
仲哲治教授は、大阪大学のリウマチ患者血清に含まれるタンパク質を網羅的に分析し、新規の炎症性マーカーであるLeucine-rich alpha-2-glycoprotein (LRG)を世良田准教授とともに同定しました(Serada, Naka, et al., Ann Rheum Dis. 2010)。LRGは肝細胞で産生される血清タンパク質として知られていましたが、私達の一連の解析から、IL-6、TNF-α、IL-22といった炎症性サイトカインによってLRGの発現が誘導され (Serada, Naka, et al., Inflamm Bowel Dis. 2012)、しかも炎症部位では様々な細胞(上皮細胞やマクロファージ、好中球など)からLRGが産生されていることが明らかになりました。現在、炎症マーカーとして使われているC反応性蛋白質(CRP)は、IL-6依存的に肝細胞で産生され、その他の炎症性サイトカインの刺激や他の細胞ではほぼ発現が誘導されません。したがって、LRGはより広範な疾患病態で炎症マーカーとして利用できる可能性があります。事実、IL-6阻害治療中の関節リウマチ患者においては、CRP発現自体が抑制されるためCRPを疾患活動性マーカーとして使うことが出来ません。しかし、LRGは様々な炎症性サイトカインにより炎症局所で産生されるために、IL-6阻害中でも疾患活動性に応じた上昇が認められます (Fujimoto, Naka, et al., Arthritis Rheumatol. 2015)。また、病勢がCRPに反映されないことがある潰瘍性大腸炎では、血清LRGがCRPよりも疾患活動性と良く相関することが明らかになりました(Shinzaki, Naka, et al., J Crohns Colitis. 2017)。仲哲治教授は、これらの成果をもとにして、臨床検査用のLRG測定系を企業と共同開発し、2020年には潰瘍性大腸炎やクローン病に対する疾患活動性評価マーカーとしてLRGの保険収載に結びつけました。令和5年度の「潰瘍性大腸炎・クローン業診断基準・治療指針」では、便中カルプロテクチンとともにその有用性が記載されることになりました。これまで、私達のグループでは、乾癬、皮膚筋炎の肺病変、新生児感染症などにおいて、血清LRGが疾患活動性マーカーとして有用性を発揮することを報告してきました(Nakajima, Naka, et al., J Dermatol Sci. 2017, Fujimoto, Naka, et al., Sci Rep. 2020, Ishida, Naka, et al., PLoS One. 2020, Kajimoto, Naka, et al., PLoS One. 2020)。しかし、当科で診療している関節リウマチや膠原病の多くで、LRGの上昇が認められることが明らかになってきています。炎症性腸疾患診療に実用化されたLRG測定系を、リウマチ・膠原病分野にも展開すべく、当科の疾患を対象とする臨床研究が現在進行中です(Fujimoto, Naka, et al., Mod Rheumatol. 2023 Online)。
私達はまた、LRGの機能面についても検討も行なっています。LRGノックアウトマウスを独自に作製して、マウスにさまざまな疾患を誘発させたところ、関節炎が軽減 (Urushima, Naka, et al., Arthritis Res Ther. 2017)、肺線維症が軽減(Honda, Naka, et al., Physiol Rep. 2017)、乾癬様皮膚炎が軽減(Nakajima, Naka, et al. J Immunol. 2021)されることが明らかになりました。このことはLRGが炎症の増悪に何らかの形で関わっていることを示唆しています。現在、様々な疾患マウスモデルを用いてLRGの機能面での解析を行い、創薬標的としてのLRGの評価を行っています。

中枢神経系の症状を呈する自己免疫疾患の診断において、画像、特にMRI画像は血清、髄液とともに病態の総合的判断材料として広く用いられています。しかし、臨床的に中枢神経症状が明らかであっても、通常診療で使われるMRI(1.5テスラ(T), 3T)では異常が検出されないケースがあり、これは小型血管よりもさらに細い血管(微小脳血管)に炎症の主座が存在する可能性があります(Murata, et al., Neuroreport, 2015)。本研究では、村田講師らの研究グループにおいて、髄液、血清のサイトカインプロファイルおよび急性期タンパクなどの炎症マーカーを新たに評価するとともに、高磁場MRI(7T)を用いて従来のMRIでは検出できない微小脳血管炎を描出し、炎症マーカーの動きと得られた画像所見との関連を調べます。現状では診断が困難な自己免疫疾患の中枢神経病変について、新たなマーカーや評価指標を開発することを目指します。